2016年

5月

09日

裸足のイサドラをどこでやめるか?


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私が小学生の頃、まだ西公園にあった「仙台市天文台」併設のプラネタリウムでは、
一連の上映が終わに近づき、ドーム全体の天上のスクリーンが白んできて、
「仙台市の明日の夜明け」の場面になると、
学芸員さんの「おはようございます。XXXX年XX月XX日の仙台の夜明けです」という、
ささやきにも似た静かなアナウンスと共に、BGMに流れていたのは、
確か、レイモン・ルフェーヴルの「シバの女王」だったと思います。
(アナウンスの年号は西暦だったか昭和だったか、定かではありませんが・・・)

 

 

西公園のプラネタリウム、大好きだったんですよね。
小学生の時に、小田原から市電に乗って、よく一人で見に行きました。
今思えば、わざわざ小田原まで市電に乗りに行かなくても、
その時間があれば当時の自宅(東八番丁。現在の「セントジェームスクラブ迎賓館仙台」付近)から、
藤崎ぐらいまでは行っちゃうんじゃないかと思うけど、
そこはほら、一人の冒険だからやっぱり、市電に乗ってみたかったんじゃないかしらね。

 

 

 

プラネタリウムの下の方が仙台を模した切り絵のようになっていて、
今となっては稚拙かもしれない当時の「仙台のあしたの日の出」の風景も、
それまで暗い中で、ドームの天井に投影される一夜の星空の移り変わりを見ながら、
1時間近く、解説に耳を傾けてきた自分にとっては、
すごく気持ちを新たにさせられる高揚感のある場面で、
私はそのシーンが大好きだったんですよね。
だから「このBGMはいったい誰のなんという曲だろう?」と思って、
すごく探したのだと思います。(とはいえ、昔の記憶なので、違ったらごめんなさい)


私が高校生ぐらいのときって、イージーリスニングという音楽の分野が確立されていて、
ポール・モーリア、レイモン・ルフェーヴル、カラベリやフランク・プゥルセルなど、
優しく、切なく、耳触りの良いインストゥルメンタル小品が、ホ
テルのロビーや街中のオシャレな飲食店、そして、席数の多い昔の「珈琲喫茶」でも、
よく耳にしたと思います。
(イメージ的には、詩仙、王朝、など。←あくまでも個人的なイメージ(笑))

 

 

そんなことを思いだしながら、YouTubeを眺めていたら、
冒頭に掲載の「裸足のイサドラ」にたどり着きました。


この曲もまた、個人的に、とても思い出深い曲です。

 

 

この曲は、高校1年生の体育(ダンス、新体操)の授業の時に、
私達のグループが、先生が提示したいくつかの候補の中から選んだ曲で、
グループで話し合いながら、これに自分達で振付を考えていくのです。


そして何回目かの授業のあとに行われた各グループの発表会で、
先生から絶賛されて、その後も何度もお褒めいただき、
今でも光り輝く心の宝物になった曲でもあります。


昔から出しゃばりで主張の強い私ですから(笑)、
たぶんそのときも、穏やかで分別のあるメンバーの中で、
ある程度主義主張の強かった私が、
なんとなく、リーダー的な存在になっていたと思うのですが、
私達の勝因というのは、一曲すべてを踊ろうとせずに、
区切りのいいところで「ここまで」と、早々にラストを決めて、
その短い部分だけの練習に特化したことだと思うんですよね。


ご紹介した実際の動画で言うと、
1分37秒の短調から長調に切り替わる寸前の手前まで、ですね。


当時はインターネットなどもちろんなかったので、
この曲がどんな背景を持つどんな種類のミージックなのかを知る由もなく、
私が授業で初めて耳にした個人的な印象としては、
秋の奥入瀬川(なぜか奥入瀬川(笑))で、川面の水の流れに一枚一枚散りながら、
色鮮やかに水面を流れていく、モミジの赤い葉っぱのイメージでした。


なので、そこだけを皆で練習しているうちに、曲の後半部分までは全く手が回らず、
当時から適当でいい加減だった私(笑)の、「だったら、ここまでいいんじゃない?」という言葉に、
穏やかで控えめなメンバーが従ってくれたものだったと記憶しています。
ですが、これはあくまでも個人の主観なので、実際に皆がどう思っていたかはわかりません。
もし異論があったとしても、それをすぐに言える人言えない人がいるので、
今思えば、調子に乗ってやりたいようにやっていたのかもしれません。


でもね、私、このとき、"量ではなく質を高める"ということの重要性に気が付いたんです。
先生から提示された曲の全編を仕上げなくても、自分達で「ここだけ」と線引きをして、
そこだけの質を高めていくって、大事なんだな、と思いました。


というのも、他のグループは全編の完了を目指した結果として、
各シーンの十分なつくり込みが出来ず、「とりあえず完了しました」的な?
決められた手順の動作を、ただ進めるだけのような、
淡々とした所作で終わってしまったからです。


こういった、体の動きの美しさやバランス、協調性、芸術性を養う授業は、
本来は勝ち負けの世界ではないので、そこで「勝った!」と思っちゃう私もどうかと思いますが(笑)
それがどんな意味を持とうとも、そのときの先生に褒められた思いは忘れられないんです。
それに乗っていること自体がカッコよかった頃の、ホンダのCIVICで通勤していた、
北村優という新体操の先生でした。先生はたぶん覚えていないと思うけど、
生徒ってそういう小さなエピソードをすごく覚えているものなんですよね。


先生、元気かな。
授業でしか接触がなかったので、たぶん私のことも記憶にないと思います。
でも私は、先生に褒めてもらったことを今も忘れないの。


気づきも大事、でも、心に抱きしめている宝物も大事よね。
人の強さって、そんな風に、
小さくても、今も光り輝いているエピソードに支えられているのかもしれません。


この話題をご存知の同級生がいたら、ぜひ、突っ込みのコメント欲しいな。

それがきっと、あれから40年を経過した自分にとって、
とても参考になる情報になるはずだと思います。

 

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